初代 高橋竹山

竹山流系譜を正しく伝承してほしい始祖高橋竹山

初代高橋竹山先生音声 竹童は竹山の弟子ではない

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☆高橋竹山 勲四等瑞宝章受賞 三味線名人位を受賞独自の芸域を切り開いて芸術の域まで
持って行き、津軽三味線の名を日本全国区に広く知らした最大の功労者。(享年88歳)
 
☆浅野梅若、勲五等雙光旭日章受賞 三味線名人位を受賞独自の芸域を切り開いて芸術の域まで
持って行き秋田三味線を日本全国に広めた最大の功労者。(梅田豊月門下生の為特筆)

津軽三味線の歴史から未来の新しいページを飾る。
現在の津軽三味線奏者を一人上げるとすればやはりこの人です。初代竹山最後のお弟子さん竹大さんです。
津軽三味線を今日の弾き方に確立した人といえる。青森県津軽郡(現五所川原)出身の名人梅田豊月の芸風を共に受け継いでいる秋田三味線の浅野梅若に8才で師事し、津軽三味線の初代高橋竹山に10才で師事。両師匠の教えを乞うため青森と秋田に移り住んでそして名古屋に帰り、竹大20才の時より毎日ライブ演奏の修行。そして4年、1000回の業を経て、ファーストアルバム青嵐を発表しました。静かに耳を傾け考え込みながら聴く竹山の世界、うっとりと華麗な技に酔いながら聴く梅若の世界。両師匠の音の世界を竹大は若干24才で表現しています。すばらしい演奏です。真をはたいて打って打った真の中から喜び悲しみ時には、泣き叫ぶ心の綾を見事に表現しています。若干24才の青年が、これ程迄の音色をどうして出せたのか、今もって不思議です。聴く度に新しい音色が現れるのも摩訶不思議です。人の心をつかんだ見事な演奏者です。素晴らしい演奏家の出現によって先人から脈々と未来へと伝統芸能が受け継がれて行くのだと思います。

注)高橋竹童は高橋竹山先生の弟子ではありません。

竹山流宗家は、故初代高橋竹山より竹山流宗家二代目を継承した高橋竹山です。
高橋哲子は竹山流宗家ではありません。
故初代高橋竹山より竹山流宗家二代目高橋竹山を継承していません。
しかし現在でも新聞等で竹山流宗家高橋哲子と宣伝をしていますが、
芸道の正統を継いでいる現竹山流宗家二代目高橋竹山を無視した
流派の家元制度を破壊し初代高橋竹山の名を汚す芸道から外れた行為は、
高橋竹山の孫として慎み、私利私欲を捨てて正道を行きなさい。
初代高橋竹山は高橋哲子には三味線の指導はしません。
師弟関係も持っていません。哲子自身津軽三味線は弾けません。
竹山は生前、三味線も弾けない哲子がどうして竹山の後を継げるんだと
はっきり言っておりました。(音声録音テープに収録)
竹山流宗家初代高橋竹山は今は亡くなってそこにはいません。
竹山の名を借りて詐欺的発想をしないで、竹山の孫であっても竹山の弟子ではないのです。
竹山流宗家高橋哲子と偽って、竹山流を私利私欲に利用するのはやめて、竹山流から離れなさい。
竹山流宗家は二代目高橋竹山です。したがって、竹山流には竹山流宗家高橋哲子は存在しません。

西川竹苑は高橋竹山先生より高橋の称号認定は授かっておりません。
従って竹山流には高橋竹苑は存在しません。
高橋竹童・高橋哲子・西川竹苑からの異議申し立ては今日現在まで一切ありません。

(故)初代高橋竹山先生のご意思に反する不謹慎極まりない経歴詐称行為は慎んで下さい。
他の門下生に対しても大変失礼な行為となります。
竹山流を後世に正しく伝えていくのが私達の務めだと思います。




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